Hannah 潘琳芸 | 日中翻訳・通訳

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投稿者/長野県飯田市 塩沢誠之(無職・87歳)

因照顧母親而身體出狀況,
臥病超過二十年的妻子,
兩年前在我懷中安詳地離世了。

她年輕時,明明是一位在大學登山社,
從攀岩甚至到冬季登山的健康女性,為何卻?
自結婚以來,她和我一起打拼了近六十年,
總是真誠謙虛、一心一意幫助我的同時,
把所有家事處理得乾乾淨淨,
並將善良大方的女兒們養育成人。

她還經常檢視自己,持續精進,
閱讀短歌、花、萬葉集和源氏物語,
過著充實且豐富的生活。
即使自己病倒了,
還很感謝我粗手粗腳的照顧,沒發過一句牢騷,
身體無法隨心所欲地活動,明明應該很痛苦,
卻仍然擔心和掛念著女兒、孫子還有我。
她有時會在睡夢中說
「孩子的爸有東西吃嗎?」「女兒穿的衣服⋯」

現在最感到難過的是,我從未向妻子說過
「謝謝,妳幫了我很多,我很開心喔」,
所以每當我想起當時已經不太能說話的妻子,
好不容易才喃喃自語似地對我說出
「孩子的爸,對不起,謝謝你」時,
我總會非常內疚為何當初沒說出口。

我現在每天的生活就是早上到妻子靈前道歉,
下午則去為她掃墓。
此時此刻,妻子也仍活在我和女兒的心中。

母親の介護から体調を崩し二十年以上も病に臥(ふ)していた妻が二年前、
私の腕の中で静かに旅立っていった。
 若い頃は、
大学の山岳部で岩登りから冬山まで登った健康な女性だったのに、なぜ。
結婚以来六十年近く、私と一緒に頑張ってきた。
常につつましく誠実で、ひたすら私を助けながら、
家事一切を見事にやり抜き、やさしくおおらかな娘たちを育ててくれた。
 常に自分を見つめて精進し、
短歌をはじめお花、万葉集や源氏物語の読み合わせと、
充実した豊かな人生を送っていた。
病に倒れても私の武骨な介護に感謝し、
愚痴一つ言わず体が自由にならず苦しいだろうに、
娘や孫、私のことを心配し気遣っていた。
時には夢うつつの中で
「お父さん食べるものあるの」「娘の着るものは…」と話していた。
 今一番悲しく思うことは、妻に「ありがとう。
助かったよ。楽しかったよ」の言葉を一度もかけてやれなかったこと。
もうあまり物が言えなくなった妻が、
やっとの思いで呟(つぶや)くように
「お父さん、ごめんね。ありがとう」と言ってくれた時、
どうして言ってやれなかったのかと、思い出すたびに胸が痛む。
 毎朝、妻の霊前で詫(わ)び、午後は墓参りに行く日を送っている。
今でも妻は私や娘の心の中に生きている。
母親の介護から体調を崩し二十年以上も病に臥(ふ)していた妻が二年前、
私の腕の中で静かに旅立っていった。
 若い頃は、
大学の山岳部で岩登りから冬山まで登った健康な女性だったのに、なぜ。
結婚以来六十年近く、私と一緒に頑張ってきた。
常につつましく誠実で、ひたすら私を助けながら、
家事一切を見事にやり抜き、やさしくおおらかな娘たちを育ててくれた。
 常に自分を見つめて精進し、
短歌をはじめお花、万葉集や源氏物語の読み合わせと、
充実した豊かな人生を送っていた。
病に倒れても私の武骨な介護に感謝し、
愚痴一つ言わず体が自由にならず苦しいだろうに、
娘や孫、私のことを心配し気遣っていた。
時には夢うつつの中で
「お父さん食べるものあるの」「娘の着るものは…」と話していた。
 今一番悲しく思うことは、妻に「ありがとう。
助かったよ。楽しかったよ」の言葉を一度もかけてやれなかったこと。
もうあまり物が言えなくなった妻が、
やっとの思いで呟(つぶや)くように
「お父さん、ごめんね。ありがとう」と言ってくれた時、
どうして言ってやれなかったのかと、思い出すたびに胸が痛む。
 毎朝、妻の霊前で詫(わ)び、午後は墓参りに行く日を送っている。
今でも妻は私や娘の心の中に生きている。
原文連結:あの一言が言えなくて

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